よしをです。
腕はいいが、頭の回転が少し鈍い、大工の与太郎が、
しばらく出てこないため、
心配した棟梁の政五郎が、長屋へ行ってみると、
与太郎は、家賃を1両800文ためこみ、
家賃のカタに、大事な道具箱を取られてしまったといいます。
政五郎は、家主の源兵衛に掛け合って、商売道具を返してもらうようにと、
与太郎に1両を渡します。
800文足りないという与太郎に、
政五郎は、いまは、それだけしか持ち合わせがなく、
「1両あれば御の字だ。800ぽっち足りないのは、あたほうだ」といい、
早く返してもらうようにと、与太郎を送り出しました。
家主の家に行った与太郎は、800文足りないといわれて、
「御の字。あたぼう」、をやってしまい、家主を怒らせてしまいます。
怒った家主は、道具箱を返さず、1両を取り上げ、
「残りの800文をもってこい」、と追い返してしまいました。
ほうほうの体で、政五郎に報告すると、
政五郎は、与太郎を連れて、家主に謝罪に行き、
道具箱を返してやって欲しいと頼みますが、家主の怒りは収まらず、
政五郎が、「800ぐらいのことで…」と、思わず口がすべったのに反応して、
ますます意固地になるばかり。
とうとう、政五郎はキレてしまい、啖呵を切って、家主の家を飛び出します。
政五郎は、南町奉行所に調べを願い出ます。
「老母一人、養い難し」という訴状が、奉行の目に留まり、
お白洲で審議されることになりました。
奉行は、家主に対する与太郎と政五郎の無礼を戒め、
家主に対して、即刻800文の支払いを命じます。
そのうえで、奉行は、家主に、こんなことを尋ねます。
「その方(源兵衛)家賃のカタに道具箱を取ったが、質株はあるか」(奉行)
「恐れ入ります。…ございません」(源兵衛)
「なに、もっておらぬと。質株なく質をとるのはご法度である」(奉行)
「申し訳ございません」(源兵衛)
「罰として道具箱を押さえていた間の手間賃を、与太郎に払うのだ」(奉行)
「政五郎、大工の手間賃はいくらだ」(奉行)
「まあ、一日15匁ぐらいで」(政五郎)
「20日で300匁になるな。源兵衛はすぐに与太郎に渡すのだ」(奉行)
現代の民法では、留置権が認められています。
債権者は、債務者の弁済があるまで、債権の原因となった質物を、
留め置くことが可能です。
しかし、損害賠償請求権を担保にした留置権は行使できないし、
家賃の不払いの担保のために、
債権とは無関係な仕事道具を留置することもできません。
商法では、商業留置権が認められています。
この場合は 双方の商行為が前提であり、
債権者は、直接の債物以外の債務者の所有物であっても、
債務者が弁済するまで、留置することが許されています。
しかし、大家の不動産賃貸は、商行為ではないので、
商法にも充当しません。
江戸時代同様、現代においても、
やはり、営業許可をとって、質屋を営業する場合に限り、
大家は、与太郎の道具箱を留置できることになります。
大家は、質屋を無許可営業していたことになりますから、
現代の法律の場合は、与太郎は、あらためて民事訴訟をおこし、
営業妨害の損害賠償請求をおこなうことになりますが、
この時代の裁判は、訴訟案件を併合するのも、奉行の裁量ですから、
現代と比較すると、スピード感が格段に違います。
大家が、道具を押さえた期間の営業補償を支払うというのは、
妥当な決着です。
800文といえば、現代なら800円程度、
60匁は1両に相当しますから、300匁では5両にもなります。
大家は、ずいぶんと割を食ったものです。
今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。