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古染付の美的感覚

よしをです。
明時代末期、女真族の侵攻や、秀吉の朝鮮出兵倭寇などにより、
国は乱れ、文化も衰退しました。
明の主要な輸出品でもあった陶磁器の生産地であった、
景徳鎮の官窯(国が管理した窯業)は朽ち果て、
そのあとに民窯ができました。

この時期の景徳鎮の民窯で焼かれた陶磁器を、日本では古染付といい、
国内で普段使いされたほかは、
作品のほとんどが、江戸時代初期の日本に輸出されました。
多少の時代のズレはありますが、
明の万暦帝崩御し、明朝が崩壊した期間(1620~44年)を、
古染付がつくられた時代とされています。
日本では、この舶来品を「南京染付」と呼んでいましたが、
江戸時代後期に、「清朝染付」が新渡物として輸入されたため、

のちに古染付と呼ばれるようになりました。

古染付は、文鎮や茶碗、香合、水差しや花生け、
大小の皿や鉢、向付(小鉢)など、種類が豊富です。
絵付けは、形にとらわれない自由で洒脱な作風で、
人物や草花、動物などが描かれ、日本人の感性にフィットしました。
器体の裏底には、
「大明天啓年製」などの年号の銘が書かれています。
器体と釉薬が合致せずに、
釉薬が口辺で、とことどころ虫食いのように剥がれているのが、
古染付の最大の特徴です。
あまり上等な釉薬が使われていないため、釉薬の収縮によって、
胎土がところどころ、むき出しの状態になっているのです。

虫食いや洒脱な呉須(ごす)の絵付けのほか、
砂付きの高台と、高台内の鉋による削り跡が、古染付の魅力です。
本来であれば、美的観点からは欠陥ともいえるこれらの特徴を、
日本の茶人たちは、この拙さこそ味であり、
自由で面白い手法であると絶賛し、鑑賞の対象にしました。
茶人たちのマニアぶりには呆れてしまいますが(笑)、

中国では、精緻で豪華、完成度の高い造形を求める傾向が強く、
染付においては、元時代の染付を最上級とし、清時代を良しとします。
したがって、中国人の美意識で、明末の古染付を鑑賞した場合、
これらの作品は、伝統ある中国陶磁器の歴史の中において、
あるいは汚点であると感じるかもしれません。

古染付は、中国国内で普段使いされた茶碗や皿などの食器のほかは、
日本に輸出された作品が残るだけです。
明時代の庶民の普段使いの雑器が、
現代まで、完全な形で残ることは考えられないので、
中国で発掘あるいは発見されたという作品は、
もし、それが完品ならば100%偽物で、最近つくられたものです。

古染付は、観賞用陶磁はともかく、普段使いできるような小皿なら、
それほど高価でもありませんから、求めやすいです。
大量生産品から、古染付の小皿に替えて、酒のつまみなどをのせると、
いつもの晩酌とは、趣が違ったものになるでしょう。


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