さあ来い 卒サラ!          ~悔いのないセカンドライフを目指して~

起業とか資格とか。趣味や思い出話など いろいろランダムに

リサイクルと物への畏敬

よしをです。
大学入試問題集(いわゆる赤本)には、
わたしも、ずいぶんお世話になりました。
赤本の創刊は1954年だそうで、
これほど長い歴史がある学習参考書シリーズというのは、
ほかには類がないのではないかと思います。

江戸時代にも、赤本とよばれる印刷物が発行されていました。
それは、草双紙と呼ばれる雑誌の一種で、
現代でいうと、幼児向けの絵本です。
草双紙は、文字の手習いなどにも使われ、
江戸時代の識字率の向上に寄与しました。
草双紙は、コマーシャルベースでの出版業のはじまりともいえます。
桃太郎、さるかに合戦、舌切り雀など、現代でもお馴染みの昔話のほか、
怪異譚、絵解きなどもありました。
寛文2年(1662年)に発刊されたものが最古といわれ、
草双紙は、明治維新まで刷り続けられました。

江戸時代には、あらゆる物のリサイクルが徹底していていました。
江戸の人びとは、現代のように、
ゴミ問題を解決するために、リサイクルをしていたわけではなく、
もともと物資が少ないために、生活物資のほとんどのものが、
ゴミにならずに、たくさんの回収業者や再生業者が加工し、
再利用するというサイクルが自然に成立していたのです。

草双紙には、低質な再生紙が使われていました。
南総里見八犬伝」の曲亭馬琴は、
「世間で臭草紙(=草双紙)といわれているこの冊子は、表紙に至るまで、反故(ほご)紙などを薄く漉きかえした紙を使い、質の悪い墨の臭いがするので、臭草紙という」、と説明しています。

江戸時代は、物を大切に扱うことも徹底されていました。
寺子屋で使われる教本は、
すべて、子どもの所有物ではなく、学校の備品でしたが、
1冊の算術の教科書が、109年使い続けられていたという、
信じられないような記録も残っています。
物資の少ない江戸時代で熟成された、物を大切にする気持ちは、
まさに、日本人の美徳といっていいでしょう。

イチロー選手は、道具を大切にすることを心掛けていました。
チームメイトには、バットを叩きつけたり、放り投げる選手がいましたが、
かれは、自分のバットをぞんざいに扱うことはありませんでした。
自分の道具の手入れを、スタッフ任せにするMLB選手が多いなかで、
イチロー選手は、グローブやシューズを自分自身で手入れしました。
その姿勢は、自分の仕事への誇りと、
仕事道具への畏敬の念が込められていました。

「勿体無い」という言葉は、本来は仏教用語ですが、
ひと言では、外国語に訳すことができません。
「勿体」とは「物の本質的なもの」を意味し、
やがて、「重々しい」、「尊大」の意味になりました。
「勿体無い」の言葉の意味するところには、物質の無駄遣いだけでなく、
過分な配慮をしてもらったことや、望外のチャンスを得たこと、
それを失ったことも含まれています。
この言葉は、世の中のすべての現象は、すべて当たり前のことではなく、
あらゆるものは有難い(有ることが難しい)ことであるという、
仏の教えを現していると思うのです。

こんな偉そうなことをいいながら、
自宅待機が続くなか、ひたすら自宅で断捨離に励む毎日であります(汗)。
これも人が生きるうえでの、一方の真実かと。


今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。