因幡の白兎
よしをです。
古事記の因幡の白兎は、和邇(わに)を騙して並ばせ、
隠岐の島から出雲まで、海を渡りました。
この際、和邇が、サメかワニなのかは、大した問題ではなく、
興味深いのは、弱い生き物が、強い動物を騙すという説話が、
東南アジアからインドまで、広く言い伝えられていることです。
日本人のルーツは、
南方系アジア人と、北方系アジア人の混合であり、
この「ワニ騙し」の説話は、
南方文化のルーツを示すものだといえるでしょう。
説話の源流をたどると、インドに到達します。
ヒンドゥーでは、ワニは神聖な動物とされ、
女神ガンガーの乗り物にもなっています。
一方、仏教では、本来は邪悪なものとして認識されていたようですが、
仏の教えで改心したことになっています。
インドの古典のひとつである、「ジャータカ物語」には、
仏陀がこのような説話を弟子に話して聞かせる場面があります。
森に住む猿は、川の中州にある、くだものを食べるために、
川辺と中州の間にある石をジャンプして、行き来していました。
川には夫婦のワニが住んでいました。
メスのワニが、猿の心臓を食べたいというので、
オスのワニが石のうえで待ち構えていると、猿が異変を感じて、
「石、石、石」、と、ワニが待ち構える石に向かって、三回声をかけて、
「あれ? いつも返事があるのに、おかしいな」、と呟くと、
ワニがつられて、「猿よ、お前の望みはなんだ」、と答えました。
それが石ではなく、ワニだったことを知ると、猿は観念したように、
自分の心臓が欲しいというワニに向かって、
「痛くされるのは嫌なので、いっそ自分から飛び込むから、口を大きく開けて待っていてほしい」、と頼みます。
猿は、ワニが口を開けると、目をつぶることを知っていました。
ワニが大きな口を開けて待っていると、猿はワニの背中をジャンプして、
向こう岸に逃げてしまいました。
タイの説話ではこうなっています。
川を渡ろうとした猿が、
待ち構えていた、オスのワニに捕まってしまいました。
メスのワニの病気を治すために、
猿の生き胆を取ろうと、待ち構えていたのです。
猿は、手に持っていたイチジクの実を、自分の肝だとして、
ワニに渡して、川を渡って逃げることができました。
イチジクを持ち帰ったワニが、メスに食べさせると、
メスのワニの病気は、たちまち治ったといいます。
なんだか、ちょっといい話になっています。
インドネシア、マレーシアでは、猿が小鹿に代わり、
ベトナムでは、主人公は猿が兎になって、
それぞれ、ワニを騙して海や川を渡る話になりました。
「ワニ騙し」の説話は、
インド、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナムを経由して、
中国南方に到達し、黒潮に乗って、
最後に、日本列島にたどり着いて、因幡の白兎の説話になったのです。
ちなみに平安時代に記された「和妙抄」には、
ワニの姿形について、
「鼈(すっぽん)に似て四足があり、嘴の長さが三尺、甚だ歯が鋭い」、
「大鹿が川を渡るとき、之を中断す」、とありますから、
古事記の時代はともかく、
平安時代には、すでに日本でも、ワニの存在は知られていたようです。
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