さあ来い 卒サラ!          ~悔いのないセカンドライフを目指して~

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海外臓器移植の現実とマスコミの偽善

よしをです。

 

 

海外における臓器移植について、ときどき報道で知ることがあります。

臓器移植手術は、費用が莫大です。

かりに、日本国内で心臓移植を受けることができれば、

費用は200万円ほどで済むのですが、

アメリカで、心臓移植手術を受けようとすれば、

医療費(デポジット)は、1億円以上にもなります。

 

日本とアメリカで、

手術代や、医療設備、処方薬など、実費には、金額差はほとんどありません。

なぜ、デポジットに、このような大金が必要なのかといえば、

実費以外に、関係者への謝礼金として、数千万円が必要になるからです。

 

自国でも、移植のための臓器が不足しているところに、

外国からの移植希望者が、割込みをするわけですから、

なにがしかのコミッション、つまり、工作費が発生するということなのでしょう。

費用明細には、謝礼金の項目があるわけではなく、

それが、実際に、誰に支払われるのかわからない、というのが現実ですが、

臓器移植の領域においても、

ブローカーが暗躍する、地下ビジネスが存在するのです。

 

日本では、脳死認定のハードルが高いため、

臓器の供給が、慢性的に不足しています。

そのために、大金を使って、

海外へ臓器移植を受けに行くことになるのですが、

1億円以上の費用は、一般の個人が工面できるような金額ではなく、

家族や支援者が募金活動をして、資金を調達することになります。

 

マスコミはさかんに、特定個人の患者の募金集めを、応援しています。

しかし、たまたまマスコミの目にとまった特定の個人には、

募金が集まり、渡航して手術を受けられたとしても、

資金をもたない、その他の大勢の患者の立場を、どう考えるのでしょうか?

 

海外の移植臓器も、ほとんど脳死患者のものです。

マスコミは、国内の脳死判定には、疑義を投げ掛けながら、

海外の臓器移植のための募金集めには協力するという、

二重基準を設けています。

かれらは、矛盾を感じないのでしょうか?

さらに、海外の臓器移植には、ブローカーが関与し、

多額の裏金が動いているという現状についても、

マスコミ各社は、報道する義務を、放棄しているように思うのです。

 

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

 

家賃保証会社について

よしをです。

 

 

賃貸物件に入居者が決まった場合、

家賃保証のために、保証人を立てる場合と、

家賃保証会社と契約を結ぶケースがあります。

後者の場合、一般的には、不動産会社を経由して、

家賃保証協会に保証を依頼することになるのですが、

大家が直接、

家賃保証会社の代理店になることが可能だということを知りました。

 

家賃保証会社の代理店になるためには、

審査基準は必要なく、宅建免許などの特別な資格もいりません。

法人である必要もなく、屋号を決めれば、それでOKです。

大家が代理店になった場合、

入居者が家賃保証会社に加入すると、

事務手数料が代理店に還付されるので、副収入になるし、

入居者に還元して、家賃を引き下げることも可能になります。

(保証金の10%程度)。

 

ただし、条件があります。

それは、大家が物件を自主管理していなければいけません。

わたしの場合は、所有物件について、

管理会社に、リーシングから管理までを一手にお願いしています。

保証についても、管理会社さんとの契約に含まれているので、

わたしが、保証会社の代理店になることはできません。

 

つまりは、自主管理物件(オーナー兼管理会社)になっている場合、

保証会社代理店として成立することになります。

自主管理の場合、火災保険の代理店になるのも有力です。

ただし、こちらは、資格が無条件である、保証会社の代理店とは異なり、

保険会社の研修や、代理店試験をクリアする必要があります。

 

今後、物件を増やす余裕があれば、いろいろ検討したいと思いますが、

そんな経済的な余裕、あるかな(汗)。

 

 

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他人の痛みを知ること

 

よしをです。

 

幼児には、自分の思い通りにならないことに腹を立てるなどの、

幼児期特有の行為がみられます。

子どもは、世の中は、自分を中心に回っていると考えています。

 

子どもは、やがて長じるにつれて、社会との調和や、

他人への思いやりなどの、社会倫理を学んでいくのですが、

世の中には、己の権利を主張するばかりで、

周りや相手に気を使うといった、常識が欠落したまま、

成人している人が、残念ながら一定数います。

 

人間には、誰しも苦しい時期があります。

自分や家族の病気や事故、反抗期の体験、受験の失敗や恋愛の痛手、

学校や仕事における人間関係の悩みなど、

数々の辛い経験を積むことで、人間は成長していきます。

そして、幼児期とは違って、

世界は、自分の思い通りにならないことを知るのです。

人間関係においても、自分の経験と照らし合わせて、

他人の人生にも、やはり苦しい経験があったものと思いを巡らし、

相手に対する理解や共感、許しができるようになります。

要するに、人間の成長とは、謙虚になることだと思うのです。

 

以前、このブログでも取り上げた、東京新聞の女性記者や、

沖縄の反政府活動家の、謙虚さを欠いた発言や振る舞いをみると、

まさに、これこそが、前述の「一定数の人」だといわざるを得ません。

 

これらの人たちに共通しているのは、

かれらが、ある程度の、恵まれた環境で育った人だということです。

家庭の収入と学歴には、因果関係があることが知られていますが、

この人たちは、親からは、自分がオンリーワンだという暗示を受け、

社会との協調ではなく、他人との競争に勝つことが、

人生における最優先の目的であると、教えられました。

そして、実際に、受験社会において、

かれらは、成功者であることが多いのです。

 

そこで、あらためて、家庭内教育の重要性を思い知らされます。

自分の子どもに、特別な存在であるという間違った考えを埋め込み、

できるだけ、子どもに辛い経験や、痛みの経験をさせたくないという、

間違った親心で、子どもの精神的成長を阻害することによって、

他人の痛みを知ることなく、謙虚さを欠落した成人を、

生み出してしまう結果になるのです。

 

 

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江戸時代の不動産事情

 

よしをです。

 

江戸時代にも、不動産業がありました。

とくに100万都市・江戸の住宅事情は、幕府の管理の及ぶものではなく、

もし、民間の不動産業が有効に働かなかったとすれば、

江戸の町の機能は、正常に成立しなかったことでしょう。

 

江戸庶民の住まいといえば、いわゆる長屋(ながや)とよばれるもので、

現代でも、古い町並みなどにある、連棟(れんとう)に、

江戸時代からの名残を、みることができます。

江戸の町は、階層によって住居地域が決められていましたが、

庶民の町(町人地)は、面積にして、江戸全体の15%を占め、

人口にして、およそ50万人の庶民が生活し、

そのうち、35万人が、借家暮らしをしていたと推定されています。

 

長屋は、間口の狭く、奥に長い、

鰻の寝床のような、長い長方形が標準です。

管理人のことを大家、借家人を店子といいます。

現代では、大家とは、物件のオーナーを指しますが、

江戸時代では、オーナーは裕福な町人など、別にいるのが一般的でした。

 

長屋は、一種の共同体です。

大家が、店子の身元引受人となり、

冠婚葬祭は、長屋全体で執りおこなったりしました。

もし、長屋から犯罪人がでた場合には、

大家が、連帯責任を負わされることもありました。

大家の責任は重大ですが、役得もありました。

長屋の共同便所に溜まった糞尿を売った代金は、

丸々、大家の収入になりました。

 

さて、長屋の物件を紹介しましょう。

物件は、6畳ワンルーム、もしくは2階建てメゾネットタイプがあります。

キッチンあり、トイレは共同で、

水道(井戸もしくは上水)は、共同ですが、無料です。

風呂はありません(近くに銭湯があるはずです)。

家賃は、一般的な九尺二間のワンルームタイプで、

500文(現代に換算して1万円程度)と、激安です。

入居できるかどうかは、大家が面談をして決めます。

 

当時は、6畳一間に、家族で生活するケースも多かったようです。

そのような、狭小で不便な物件で生活することなど、

現代では、とても想像できませんが、

江戸時代の人びとは、満足して日々の暮らしを営んでいたのでしょう。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

ネットサーフィンはどこまで許されるか

よしをです。

 

サラリーマンであれば、

会社のパソコンで、ネットサーフィンをしたことは、誰でもあるでしょう。

わたしも、気になるニュースをチェックしたり、

いくつかの気になるサイトや、ホームページ、ブログの記事を、

仕事の合間などに、気分転換を兼ねて、チェックしています。

 

さすがに、会社のパソコンで株取引をしたりするのはご法度ですが、

ある程度の気分転換に使うことに関しては、

どの会社も、黙認していると思います。

ネット検索をしていて、仕事のヒントをつかむことも、実際によくあることですから、

パソコン使用については、

どこまでが仕事で、どこまでがそうでないのか、曖昧なところもあります。

 

大手の会社であれば、社員のパソコン履歴は、

その気になれば、メールも含めて、すべて閲覧することが可能です。

それぐらいできなければ、産業スパイの調査もできません。

会社貸与のパソコンには、使用者個人のプライバシーはありませんし、

モニタリングも、違法ではありません。

 

わたしも、一時期、SEを管理する部門にいたので、

他社の実態も含めて断言しますが、

まともな会社であれば、

基本的に、社員個人のパソコンの履歴は、すべて確認できますが、

普段は、メールやネット検索の履歴をチェックすることまではしません。

しかし、たとえば当社では、

ハラスメントなど、コンプライアンス上のトラブルがあった社員に関しては、

パソコンの履歴を洗うことはやっています。

(ただし、パソコンの調査を盾に、賞罰などを決めるわけではありません)。

 

もし、何かの事情で会社を退社したのちに、

会社がパソコンを調査して、

元社員が就業中に、頻繁にネットサーフィンをやっていたことを把握した場合、

会社は、元従業員に対して、損害賠償を問えるでしょうか。

この場合、会社に対する背信行為や、企業情報の持ち出しなど、

会社に実際に損害を与えたというケース、

もしくは、不要な残業をして、長時間パソコンで遊んでいた、

というようなケースでなければ、

損害賠償までいくことは、難しいのではないかと思います。

 

しかし、これは知っておいた方がいいと思うのは、

会社貸与のパソコンの中身を、SE担当が覗くことは、

いつでも可能だということです。

それを心の隅において、疑いをもたれないように、

パソコンと上手に付き合っていくべきだと思います。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

日本の教養レベルが高い訳

よしをです。

 

 

通勤電車に乗っていると、ほとんどの人が、手元のスマホに集中しています。

わたしは、普段は文庫本を読んだり、最近では、もっぱら、

資格獲得のためのテキストを読んでいることが多いのですが、

車中で新聞や本を読んでいる人は、本当に少なくなりました。

 

スマホの弊害は、いろんなところで指摘されていて、

若年老眼や、姿勢の悪化による首などの障害とともに、

知性レベルの低下も指摘されています。

以前、このブログでも話題にしましたが、

小説をまったく読んだことのない、若い社会人が増えていることも、

特段不思議なことではなくなりました(大変残念です)。

 

しかし、わたしは、依然として、

日本の教養レベルは、高いと考えています(将来的には大いに不安ですが)。

それは、日本語の優秀さ(同時に難解さ)にあると考えています。

とりわけ、漢字が優秀であることは疑いありません。

 

この点について、同じく漢字文化圏にある、現代の中国では、

奇妙な略字によって、表意文字のアドバンテージを消してしまい、

南北朝鮮では、漢字そのものを捨てて、

すべて「かな」表記にしてしまったという実態があります。

これらの国で、漢字文化が破壊されていることを考えれば、

昨今は、言葉の乱れが指摘されているとはいえ、

依然として、日本の漢字文化の優秀性は保たれていると実感します。

 

文明開化とともに、外国から流入してくる膨大な知識や概念を、

明治時代の教養人は、まさに見事に日本語に取り入れることに成功しました。

ここに記した、「文化、概念、教養」などの言葉も、その一例です。

 

現代の中国や韓国でも、日本語を語源とする漢字が輸入され、

今でも多く使われています。

中華人民共和国朝鮮民主主義人民共和国の、

「人民」も、「共和国」も「民主主義」も、すべて日本語由来の言葉です。

もっとも、南北朝鮮では、漢字をすべて、かな表記に代えてしまったので、

言葉の意味と共に、同音異義語も区別ができなくなりました。

したがって、これからは、どんどん語彙が少なくなっていきます。

かの国では、漢字廃止により、

愚民化に、歯止めをかけることができなくなってしまったのです。

 

それまでの日本には、存在しなかった、西洋の「概念」を表意したのは、

先人たちの功績の、ほんの一部です。

明治の日本は、言葉を作り出すだけでなく、

文献や研究書や、法令など、あらゆる書物を日本語に訳しました。

わたしの愛するロシア文学も、早くに日本語訳がされ、

トルストイドストエフスキーの難解な長編小説も、翻訳者の努力により、

日本語訳がされ、明治の文豪に大きな影響を与えました。

また、文学だけでなく、医学書科学書も、続々と、翻訳されています。

 

以前から、日本では、

他国に比べて、英語教育が貧弱である、といわれていますが、

それには理由があります。

なぜなら、他国に比べて、

英語を学ばなければならない必然性が、薄いからなのです。

 

たとえば、お隣・韓国で、特定の化学の原理を学ぶためには、

自国の言語で書かれた資料や文献が少ないため、

英語で書かれた資料が読めなければ、研究ができません。

また、国内には、特殊な分野の研究者がほとんどいないので、

欧米の大学や研究所に行かなければ、まともな研究ができないのです。

(最近では、日本語からの「孫訳」がすすんでいるとも聞きます)

 

しかし、日本の大学や研究機関では、

英語で書かれた研究資料はすべて日本語に訳されているので、

英語が読めなくても、自国で学習できますし、

国内には、優秀な研究者はいくらでもいます。

 

ノーベル賞を受賞する日本人は、

アメリカなどの研究所で活躍している方もいますが、

国内の大学一筋で研究を続け、受賞する研究者も少なくありません。

多くの国では、自国の文字に訳されている文献・資料は、ほとんどなく、

英語に頼らずに、自国言語だけで高度な学習や研究ができるのは、

欧米以外では、日本しかないのです。

 

わたしたちは、先人たちの好奇心や、その成果に感謝しながら、

通勤電車の読書ひとつをとっても、感謝を忘れないようにしたいものです。

スマホは、知的なものは、何ひとつ生み出すことができませんから。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

少額不動産投資

よしをです。

 

少額で不動産投資ができるサービスに、

J-REITや、不動産投資型クラウドファウンディングがあります。

以前もお伝えしていますが、これらの投資は、どうやっても他人任せであり、

実物不動産と比べて、「実感がない」というのが、個人的な感想ですが、

あらためて、メリット、デメリットを調べてみました。

 

2つの投資について、それぞれの仕組みを簡単に説明します。

それぞれ、投資会社が出資を募り、集まったお金で不動産を購入して、

配当を出資者に戻す、という仕組みには、大きな違いはありません。

 

J-REITの場合は、10万円からの出資が可能です。

クラウドファウンディングでは、ひと口1万円からの出資が可能で、

より手軽になっています。

 

投資対象先について、クラウドファウンディングでは、

最小単位で、ワンルームマンションの購入から、最大で一棟マンションといった、

特定の不動産の取得を目的としています。

一方、J-REITでは、全体で、より大きな出資を募り、

オフィスビル系、ホテル系、住宅系、商業施設系などの、

複数のパッケージプランが用意されています。

 

クラウドファウンディングは、物件のバリエーションがないため、

リスク分散が難しいという欠点がありますが、

証券会社の商品として売られていることから、

流動性に関しては、J-REITのほうが、高いように感じます。

J-REITの場合、株券として購入する形になりますから、

株のように、いつでも売買することができますが、

クラウドファウンディングの場合は、満期が来るまで、

資金を引き出せないのが、気になるところではあります。

 

J-REITは、投資先が分散しているため、

収益がでるかどうかは、プロ任せです。

一方で、クラウドファウンディングの場合は、

投資先の物件がわかっていますから、

当該の物件に、入居者が決まり易いかどうかなど、

ある程度の、不動産の実態に関する知見をもつべきだと感じます。

 

いずれの投資も、借金ゼロでも始められるということで、手軽さはあり、

とくにJ-REITは、大手証券会社がかなり力を入れていることもあって、

伸び盛りの金融商品だと思います。

 

最近では、ソーシャルレンディングが、注目されています。

これは、お金を借りたい会社と、お金を運用したい投資家を、

マッチングさせるサービスのことで、

不動産投資県クラウドファウンディングと同じく、

最小投資額が、1万円に設定されています。

 

ソーシャルレンディングの平均利回りは、8%と、高い水準です。

複利計算では、10年以内に元金が10倍になる計算になります。

投資先を不動産系企業に特化したものが、

不動産投資型のソーシャルレンディングです。

 

高い配当が実現できる理由は、

財務的には健全でも、銀行から融資を受けられない企業に対して、

ソーシャルレンディングは、

柔軟な融資審査により、貸し付けをおこなっているからだ、としていますが、

一方的に、宣伝文句に惑わされてはいけません。

投資先は、銀行融資を受けることが難しい不動産関連の会社ですから、

投資後に、デフォルトがおこる可能性も少なくありません。

以上のように、

ソーシャルレンディングは、J-REITに比べて、さらにハイリスクです。

 

結局、3つを比較すると、J-REITが一番ローリスクだと思います。

クラウドファウンディングやソーシャルレンディングでは、

前者では、物件の検証をおこなって、収益性をチェックし、

後者では、デフォルトの場合の損失を、最小限にとどめるよう、

分散投資するのが肝心かと思います。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。