さあ来い 卒サラ!          ~悔いのないセカンドライフを目指して~

起業とか資格とか。趣味や思い出話など いろいろランダムに

セルフ経済制裁

よしをです。

 

韓国による、日本のホワイト国除外に関して、

日本政府は、「根拠がないので、遺憾に思う」、

とコメントしています。

たしかに、まったく根拠に欠ける対応は遺憾ですが、

実害がなにもないので、

日本政府としては、あえてそれ以上の反応はしないのでしょう。

 

貿易相手国をホワイト国に指定し、

自国の企業に対して、「一般包括許可」を与えるのは、

相手国ではなく、いわば、自国の企業への優遇措置です。

優遇措置の取りやめによって、

短期的に、何がおきるのかといえば、

自国企業においては、商品管理や書類作成の負荷が増え、

官庁では、それらの手続きの負担が増えるということです。

 

日本が、韓国をホワイト国から除外した理由は、

韓国企業による、戦略物資の管理が杜撰であり、

韓国政府も、的確な指導、調査や、

日本への報告をおこなっていないため、

戦略物資が、敵国に横流しされている可能性が高く、

韓国が国全体として信頼にかけるため、

戦略物資の輸出時に規制をかけたということです。

先日、北朝鮮が、

日本製のレーダーを設置したというニュースがありました。

確証はありませんが、韓国経由で流れたのではないでしょうか。

 

日本としては、嫌がらせや報復でおこなっているわけではなく、

自国の輸出制限による利益の阻害と、安全保障を天秤にかけ、

安全保障を重視した結果、輸出調査の強化を、

いたしかたなくおこなっているのです。

 

要するに、ホワイト国排除は、

自国にとってのデメリットが大きいのです。

韓国は、この規制の本質を理解していないのでしょう。

とにかく、日本からの、格下げ措置が我慢できないだけで、

「手首切るブス」こと韓国は、

腹立ちまぎれのためだけに、GSOMIAに続いて、

またしても、発作的にリストカットしてしまったのです。

 

ホワイト国の指定のポイントは、

指定された製品が、その国でしか作れない製品かどうかです。

韓国の得意分野である電子部品は、

台湾やアメリカなどから輸入することができます。

そのほかにオンリーワンの韓国製品など、ありませんから、

ネット雀たちから、

「韓国の戦略物資は、キムチか、パプリカか、韓国海苔か」、

などと、揶揄されることになるのです。

 

韓国からの輸入に制限が加われば、

納期に影響がでますから、

日本企業は、自然に、他国からの調達に切り替えることになります。

 

こういう韓国の醜態について、

わたしは、「手首切るブス(BY岩井志麻子)」、と呼んでいますが、

ネットでは、「セルフ経済制裁」、というのだそうです。

 

きょうも、韓国は、「平壌(へいじょう)運転」です。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

地銀の将来が示すもの

よしをです。

 

地方銀行の苦境が続いています。

地銀のビジネスの基本は、

貸し出し、手数料、運用(有価証券など)ですが、

全国に100行あまりある地銀は、

いずれの営業分野でも低迷しています。

 

日銀の低金利政策が定着して、融資による収益性が低くなり、

楽天ソフトバンク、LINEなどの銀行業務への進出や、

スマホなどをつかった、あらたな決済方法が普及して、

キャッシュレス化がすすむなど、

銀行にとって、思わぬライバルが登場しました。

その結果、支店を維持して活動する、

従来型の銀行の営業スタイルが、

銀行の負担になっているのです。

メガバンクでは、

すでに、支店を縮小させる方向に向かっており、

CD機も、メガバンク同士で共有するなど、

固定費の削減に向かいつつあります。

しかし、地域とのつながり重視が、

基本的方針である地銀においては、

支店の縮小には、消極的なところが多いようです。

 

金融庁の予測では、

2028年には、60%の地銀が赤字になるとされています。

したがって、地銀においても、他業種と同様、

生き残りのために、

再編成をおこなう必然性が大きくなりました。

しかし、統合によって、

同一地域で、特定の銀行のシェアが高くなりすぎると、

独禁法に触れてしまうという、悩ましい制限があり、

このことが、これまで、地銀統合を難しくしてきました。

 

金融庁では、独禁法への抵触を期間限定的に認める、

特例法成立の動きが具体化しつつあります。

これは、指定された期間のあいだに、

統合をすすめてほしいという、

地銀に対する、金融庁のメッセージであり、

実現するかどうかは未定ながら、

これを機に、統合が一気に動く可能性がでてきました。

自治体の合併(平成の大合併)と同じメカニズムです。

 

今年7月に発表された、横浜銀行千葉銀行の、

トップ地銀同士の包括業務提携は、

その先駆けになるかもしれません。

もし、金融庁の施策が通れば、

このほかにも地銀の合併がすすみ、

いずれ、広域化された地銀グループに収斂する

可能性がでてきましたが、

一方で、合併のトレンドに乗れず、

あるいは、あえて独立を保つ地銀もあらわれるはずです。

 

業界の再編がすすんでも、

銀行の収益構造は変わりません。

このところ、スルガ銀行の不動産投資への、

不適切融資問題などに端を発して、

銀行全般に、不動産投資への融資引き締めが顕著です。

 

他行が抑え気味の、不動産投資の分野において、

わたしは、これらの小規模の地銀が、生き残りをかけて、

再び積極的に取り組むきっかけになるのではないかという、

ささやかな期待をしているのです。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

日教組と戦った、勇気ある女性の死

よしをです。

 

衆議院議員宮川典子氏が、

40歳の若さで、乳がんのため、亡くなりました。

大学卒業後、母校で教員を5年間勤めていた宮川氏は、

地元山梨県日教組(山教組)が、組織力を利用して、

選挙運動をおこなっていることに義憤をおぼえ、

参院選に出馬するも、

日教組のドンとよばれた、輿石東氏に僅差で敗れますが、

衆院選に鞍替えして、山梨1区で初当選し、

以後、比例ブロックで3選を果たします。

宮川氏は、

国会で、歴史教育の正常化や、教員の待遇改善、いじめ撲滅を、

訴え続けてきましたが、志半ばで生涯を終えました。

 

日教組日本教職員組合)は、

憲法9条保持、戦前日本の完全否定、

自衛隊、日の丸、君が代否定、

競争原理の否定などを信条としています。

1989年に、日本労働組合総連合会(いわゆる連合)が

発足した際に、

多くの官公労働組合が、連合を支持する非共産党系と、

連合を支持しない共産党系組合に分裂しました。

日教組も、その流れで、

共産党系の、全日本教職員組合(いわゆる全教)と、

非共産系の、日教組に分裂しました。

なんか、プロレス団体みたいです(苦笑)。

 

したがって、よく、誤解されがちですが、

日教組日本共産党は、非常に仲が悪いです。

ただし、日教組の中枢には、

ラディカルな一派が、根強く巣くっているため、

左翼化傾向に関しては、分裂前とほとんど変わりません。

 

日教組は、教育政策の決定に、

大きな影響力をもってきました。

民主党時代には、とくに影響度が濃厚でした。

前述のように、日教組には、

競争原理を否定する左翼思想が浸透しています。

かれらは、いわゆる、ゆとり教育の推進者であり、

全国一律の試験によって、小中学生の学力を調査し、

教育施策を定めることを目的とする、全国学力テストを、

全国一斉テストから、

抽出試験にして、骨抜きにしてしまいました。

 

自民党政権になって、

表立って、教育政策に介入することは、

不可能になりましたが、

日教組は、教育現場に、依然として影響をもち続けています。

国旗掲揚、国歌斉唱は、

学習指導要領で定められているので、

さすがに、これを無視する学校は、なくなりつつありますが、

日教組教師が、事前に国歌斉唱の練習をしないとか、

式典会場では、国旗を目立たない場所に置くなど、

姑息な嫌がらせがある学校もあるといいます。

日教組は、教育委員会とも密接な関係をもち、

校長や教頭の人事に介入する地域も、

いまだに残っています。

 

もっとも、日教組は、

若い教師の加入率が減っていることなどから、

徐々に、力を落としつつあるのですが、

巻き返しを図らぬよう、注視しなければなりません。

 

宮川氏は、教員時代の教え子を、自殺で失いました。

生徒が、「日本は努力をしても報われない社会だ」、

という趣旨の遺言を残していたことを、国会質疑でも紹介し、

子どもたちが、その将来に夢をもてるような社会づくりを、

訴えてきました。

教師出身の国会議員として、

かつての同僚を批判し、教育改革を訴えてきた、

その勇気のある行動に、わたしは心から敬服します。

 

合掌。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

鬼平と出世

よしをです。

 

鬼平(鬼の平蔵)といえば、

池波正太郎の時代小説「鬼平犯科帳」でお馴染みですが、

江戸時代の実在の旗本、長谷川平蔵をモデルにしています。

 

長谷川平蔵は延享2年(1745年)に旗本の長男に生まれ、

火付盗賊改役となり、

重大犯罪である、放火、強盗、賭博を取り締まりました。

 

青年時代は、放蕩無頼の遊び人でしたが、

30歳のとき、父の死をきっかけに家督を継ぎました。

遊郭へ通い詰めるなどして、父の遺産も使い果たしますが、

江戸城詰の警護役を振り出しに、仕官後は順調に出世し、

42歳のときに、火付盗賊改役に任じられました。

 

石川島に、犯罪者の更生施設である人足寄場を設置して、

評価を受けますが、

予算の増額が認められないとなると、

自ら、銭相場で資金を得るなどの、非合法な手段もいとわなかったため、

上役である松平定信には、毛嫌いされていたといいます。

定信は自伝において、

平蔵のことを、「長谷川某(なにがし)」と蔑称で記し、

その功績は認めつつも、

「山師などといわれ、いわくつきの男」と記していました。

また、同僚も、平蔵のダーティな部分を嫌っていたといいます。

 

ただし、平蔵は、仕事においては、抜群の功績をあげています。

関八州を荒らし回った大泥棒・神道徳次郎一味を一網打尽にし、

江戸市内で強盗と強姦を繰り返した葵小僧を逮捕するなど、

火付盗賊改役として、華々しい実績を残しました。

 

上役の評価は芳しくなく、出世には縁遠かった平蔵ですが、

庶民には非常に人気があったそうです。

平蔵は、ときには出世できないことに対して、

愚痴をこぼしたこともあるそうですが、

越中殿(松平定信)の信頼だけが、心のささえ」と、

勤務に励んでいたといいます。

 

努力して、実績をあげても、評価してくれない上司に対して、

なんとかアピールして、認められたいという気持ちは、

痛いほどわかります。

サラリーマンの悲哀を聞かされるようで、身につまされますが、

平蔵の独白からは、「鬼平」という、スーパーマンではなく、

生身の長谷川平蔵の気持ちが伝わってきます。

 

小説やテレビドラマの影響から、

人生を達観していたようなイメージがありましたが、

決してそのようなことはなく、

平蔵もやはり、現代のサラリーマンと同じ心情をもっていました。

もっと長命なイメージがありましたが、

長谷川平蔵は50歳で亡くなっています。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

お笑い芸人とSNSと不動産

よしをです。

 

 

芸能界を目指していた22歳の青年が、

梅沢富美男劇団に入団しました。

しかし、現実はそんなに甘くありませんでした。

稽古で、振付が少しでも間違っていれば、

たとえ開演直前であっても、舞台に立たせないなど、

梅沢は芸道において、徹底的に厳しく、

青年は、すぐに演劇の壁にぶつかり、音を上げてしまいました。

そして、子どもの頃からの憧れであった、

お笑い芸人を目指すために、

梅沢劇団を逃げるように退団しました。

 

芸人になってからも、鳴かず飛ばずの時期が続きますが、

2005年に、日本テレビの「エンタの神様」で突如、ブレイクしました。

しかし、しばらくすると、人気が下がり始め、

テレビに出演する機会が、めっきり少なくなり、

かれは、典型的な一発屋芸人と呼ばれるようになりました。

私生活においても、2009年に妻と離婚し、

かれが、子どもの親権をもつ、シングルファーザーになりました。

同時に、芸名を、小梅太夫から、コウメ太夫に改名し、

現在に至ります。

 

その、コウメ太夫が、奇妙な再ブレイク期に入ったようです。

注目されているのは、

かれが、2016年に始め、ほぼ毎日投稿している、ツイートです。

そこでは、ネタをアップしているのですが、

ブレイクしているのは、ネタの面白さではありません。

ネタ自体は、まったく、くだらないのですが、

常連ユーザーの辛辣なコメントが、注目されているのです。

 

「指導くん」というユーザーは、

コウメ太夫の投稿を、7段階で評価しています。

 

ある日の、指導くんのコメントは、

「それで笑わそうとしている? 毎回、感情論で怒られてるよね。目の前のことを全力でできない奴に教えても、意味はないだろうけど、とりあえず、面白くなくていいから、笑わそうとしている気持ちを見せて。まずは、そこから変革していこう」、

といった具合です。

 

すると、この指導系ユーザーに対して、

「指導くんも聞く耳をもってください。指導者としての成長が感じられません」、

と、指導系ユーザーを評価するユーザーが現れ、

さらに、「指導くんを指導するなら、もっと指導者らしい振る舞いを」と、

評価ユーザーを指導するユーザーも現れるといった具合に、

ユーザー同士が、本筋を離れて、遊びはじめるようになったのです。

 

これまでのSNSの話題といえば、

発信元に対する賛同や、批判や炎上などでしたが、

こういった形で、「遊び」が拡散していくという形は、

実に興味深く、稀有な広がりだと思います。

 

コウメ太夫は、副業としてアパート経営をしています。

一時、ブレイクしたときに、当時のマネージャーから勧められて、

不動産投資をはじめたということです。

かれが所有するのは、東京都内にある、6部屋の単身型アパートで、

家賃は6万円、月々の収入は、満室の場合は36万円で、

ローンを差し引くと、25万円ほどの手取りがあると語っています。

 

実際のキャッシュフローは、固定資産税が、年間30~40万円、

空き室リスクや、その他、諸経費を差し引くと、

手残りは、多くても。年間200万円程度と推測するので、

これだけで生活するのは、ちょっと厳しいかと思います。

また、このお金を、生活費で使い切ってしまうと、

建物の修繕費など、急な出費に対応できなくなるので、

このお金は、あくまでも、もしものときの保険として、

貯蓄しておくことをお薦めします。

 

とはいえ、いいタイミングで不動産投資をはじめたと思います。

昨今は、銀行でもノンバンクでも、

アパートローンの審査が厳しくなりましたから、

お笑い芸人には、融資は下りないと思いますよ。

運がよかったね、コウメさん。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

絶望的に卑怯な韓国社会の行きつく先

よしをです。

 

韓国の自治体が次々と、戦犯企業排除条例を可決しています。

すでに、10以上の地方議会で動きがあるといわれていますが、

条例を制定しないことは、親日行為と認定されますから、

いずれ、この条例は、全国の自治体が追随し、

釜山、ソウル、京畿道議会から、全国に広がるでしょう。

 

京畿道議会の場合は、各学校が所有する、

20万ウォン以上の日本戦犯企業の製品に、

戦犯ステッカーを貼る条例を可決したのですが、

ステッカーを貼るかどうかは、

「生徒の自主判断に任せる」、というのです。

 

もう一度書きます。

「生徒の自主判断に任せる」というのです。

 

この条例が、WTO違反であるとか、

日本や、他国からの道義的批判を受けた場合には、

子どもの自主判断だとして、責任を押し付けるつもりなのです。

しかも、ステッカーを貼るかどうかは、

努力義務とされていますから、問題を指摘された際には、

「強制はしていない」で、逃げるつもりです。

 

日本のマスコミでは、まったく言及されていませんが、

そもそも、どこかの自治体が、「戦犯企業」といいはじめたとき、

対象企業は、300社だったはずです。

それが、いつの間にか、284社になっているのですが、

その理由がまた、下劣極まりないものです。

 

たとえば、精密機器メーカーのオリンパスは、

300社に入っていたはずですが、その後、除外されています。

つまり、高度な医療機器や、半導体の中核部品といった、

日本製以外で代替できない製品については、

その企業を戦犯指定してしまうと、影響が大きいため、

知らず知らずの間に、戦犯企業から除外され、その結果、

対象企業は、300社から、284社に減ったという訳なのです。

 

東レは、当初から、戦犯企業の指定から逃れています。

もちろん、わたしは、そんな主張は一切認めませんが、

戦前の、同社(東洋レーヨン)の経済活動を考えれば、

戦犯企業の資格は、十分すぎるほどあるはずです。

東レが、指定を受けていないのは、2000年代になってから、

韓国国内に、大規模な工場展開をすすめているという、

理由であることに、疑いはありません。

 

284社のなかには、戦後、設立された企業も含まれていて、

一体どこが戦犯なのか、

根拠がまったく理解できないものもあります。

日本の企業であれば、理由はなくてもいいのでしょうか。

韓国国内で、そういう疑問の声が上がらないことについても、

わたしは、恐怖を感じています。

 

どう考えても、戦犯ステッカーはWTO違反ですが、

韓国は、抜け道をつくっています。

WTOというのは、国と国との経済紛争を扱うもので、

自治体の条例は、WTOの対象外なのです。

 

韓国や韓国人は、どんな卑怯な振る舞いをしても、

自分を正当化するためなら、卑劣だと思いません。

韓国人の人間関係には、上下関係しかありません。

個人レベルでも、国家単位においても、

対等に向き合う関係を構築することができず、

豊臣秀吉の出兵を恨み、日韓併合を恨み、

それらの「被害」に、際限なく利息をつけて、

日本に対して、未来永劫補償せよと迫ってきます。

 

かれらは一切、自分で責任を取ることがありません。

問題の解決は、自分以外の誰かがすることで、

自分たちは、汗をかかず、考えることもしません。

とくに、目下の日本に対しては、その態度が顕著です。

 

しかし、それももう、おしまいです。

日本に見捨てられれば、かれらには絶望しかありません。

韓国の若者は、自国の絶望社会を、

ネットスラングで、「ヘルコリア」というのだそうです。

同情すべきなのでしょうが、

残念ながら、かれらとて、

まともに付き合える相手だとは思えないのです。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

ソクラテスについて少し語ってみる

よしをです。

 

少し風変わりな知識人として知られたソクラテスは、

政治には関わらず、

アテネで、普通の市民として生活していましたが、

「徳」をめぐる対話で、

若者に反民主的な思想を吹き込んだとして、

紀元前399年に告発されました。

 

ソクラテスは有罪判決を受け、

罪科を決める2回目の投票で、死刑が確定しました。

弟子のプラトンらは、

不当判決には従う必要はないとして、脱獄を勧めますが、

ソクラテスは、判決は合法的なものとして受け入れました。

かれは、不正をなすことは、不正を受けるよりも害悪である、

という思想に立っていたからです。

 

なぜ、ソクラテスが死刑を受け入れたのかについては、

高校の倫理の授業で、取り上げられていた記憶があります。

「よき市民でありたい」という思いを貫徹したという、

ソクラテスの強靭な精神が、

クローズアップされることが多いのですが、

プラトンの「最後の弁明」を読むと、

ソクラテスは、「死」は経験したことがないので、

「いいことか悪いことか、わからない」とも語っています。

 

神と人間の関係や、死に関する認識や宗教観が、

混沌としていたこの時代、

ソクラテスには、

密かに死を体感したいという欲求があったため、

容易に、人為的な死を受け入れたのではないかと、

多感な高校生のわたしは、考えていました。

 

「自分が無知であると知る人間は、それを知らない人間よりも賢い」

という「無知の知」は、ソクラテス哲学の中心となる思想です。

 

現代のわれわれに例えるなら、

人が何かの分野の専門家として、報酬を得ている場合、

その専門分野において、己があまりにも無知であり、

さらに、無知であることを自覚していないにも関わらず、

報酬を得るという現実はいかがなものか、

という問題提起なのです。

 

サラリーマンの世界であれば、

そんなことは言っていられません。

不完全な知識やスキルであっても、学習しながら、

そのレベルをあげていくのが、実社会の姿です。

ソクラテスの教義を確実に実行しようとすれば、

現代のビジネスは、成立しなくなってしまいます。

 

バカバカしいというなかれ。

これが、ソクラテスに死刑宣告がなされた理由です。

古代ギリシアにおいて、

ソクラテスの主張は、ソフィスト批判につながり、

その思想をもって、若者を洗脳することは、アテネポリスにおいて、

既存の社会制度を崩壊させかねない脅威だと考えられたのです。

 

ソクラテスは、毒ニンジンを服用して死にました。

この毒草は、地中海地方に広く分布し、

草全体に、アルカロイドを含み、

呼吸を麻痺させる働きがあります。

日本国内には自生していませんでしたが、

近年、北海道などで、不法に持ち込まれたものが自生し、

中毒や死亡例も報告されているそうです。

困ったものです。

 

わたしは、ソクラテスの言葉のなかでは、「無知の知」よりも、

「妬みは魂の腐敗である」、が好きです。

 

 

今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。