王貞治と国籍問題
よしをです。
国籍離脱を怠って、二重国籍のままでいる人は、
少なからず存在するようです。
二重国籍については、もっとわかりやすい手続きが必要であると同時に、
二重国籍そのものの是非に関する、法整備が求められます。
一方で、王貞治さんのように、日本国籍を選択しない人もいます。
王さんは、1940年(昭和15年)に、東京都に生まれました。
父親(王仕福氏)は、
現在の中国浙江省麗水市の出身で、1922年に来日しました。
母親は、富山県出身の(旧姓:當住)登美さんで、
貞治さんは、夫婦の次男として生まれました。
このとき、夫婦は、まだ入籍していなかったので、
戦後になって入籍するまで、
貞治さんは、母親の戸籍(日本国籍)に入っていたという話もあります。
中華人民共和国になります。
父親は、国民党支持だったため、中華人民共和国ではなく、
中華民国籍のまま、戸籍を変えなかったといわれています。
ちなみに、王さんは、台湾でも国民的英雄ですが、
台湾とは直接の関係はありません。
長じて、王さんは日本人女性と結婚するのですが、
日本国籍には、変更しませんでした。
なぜ、国籍を変えなかったのか、理由はよくわかりません。
その後、国民栄誉賞の第一号にもなるのですが、
受賞した際には、「日本人ではないのに」と、物議を醸しました。
かつて、WBCの監督だった王さんが、
海外メディアから、国籍を問われたとき、
「父親は中国人だが、母は日本人です。わたしは日本で生まれ、日本の教育を受け、日本のプロ野球人として人生を送ってきました。疑うことなく日本人です」
と、答えています。
心の中には、本人しかわからない、複雑な事情があるのでしょう。
ちなみに、いま王さんが現役選手だったとしたら、
WBCには、日本チームの選手としては出場できませんが、
台湾代表ならOKです。
強いチームになりそうです。
今回も、このブログを読んでいただき、ありがとうございます。